大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(う)1765号 判決

被告人 李貞淑

〔抄 録〕

所論は、原判決には審理不尽の違法があり、また重大な事実の誤認があつて判決に影響を及ぼすことが明らかである、と主張する。即ち原判決は、被告人がその自宅より大阪市北区梅田町国鉄大阪駅構内まで、スイス製腕巻時計三十二個を、密輸入により不正に関税を逋脱したものであることの情を知りながら運搬した、との事実を認定しているのであるが、本来関税法第一一二条第一項の運搬罪が成立するためには、被告人が本犯の委託を受けて本犯のために場所的移動をなす場合に限られるのである。本件において、被告人が昭和三十四年六月八日前記大阪駅中央出口附近において逮捕された際、原判示三十二個の時計を所持していた事実は否定し得ないが、被告人が本犯の委託を受けて右時計を運搬した事実は全く存在しない。また本件起訴状において特定されている訴因は被告人が本犯の委託を受けて右密輸入時計の運搬をしたというものであるところ、証拠上被告人がこれを所持していた事実が明白となつたに過ぎないものであるから、訴因変更の手続を経ない限り、被告人を有罪と認定することは許されない。尤も被告人は原審公判廷において、本件公訴犯罪事実について有罪であることを自認しているけれども、アレイメント制度を採用しない現行刑事訴訟法のもとにおいて、他にこれを裏付ける客観的証拠なくして有罪を認定し得ないことは当然である。と主張するのである。

しかしながら、記録を精査し、原判決挙示の各証拠を検討すれば、被告人が昭和三十四年六月八日当時の自宅より大阪市北区梅田町国鉄大阪駅構内まで、原判示スイス製腕巻時計三十二個を運搬した事実は明瞭である。即ち、右時計は被告人が当時これを他より買い受け、その一部を既に他に販売し、その残りを一部原判示自宅に置き、その余を販売の目的をもつて右自宅より持ち出して前記大阪駅構内まで運搬したところを警備の警察官に逮捕されたものであることを明認し得るのである。被告人が右時計を何人から買い受けたかについて、被告人は捜査の取調べに対し当初は横浜方面の山岸某から買い受けたと供述し、後これを神戸の原田某より買い受けたと右供述を変更したが、右供述を裏付ける補強証拠を得られないため、被告人は右譲受けの行為についてはその責任を問われることなく、前記被告人が自宅に置いた同種密輸入時計が現実に被告人の自宅において捜索差押えられた事実と、当時被告人が販売の目的をもつて現実に所有していた密輸入時計の名柄、数量についても、捜索、差押の結果と被告人の自供が全く一致するところから、被告人が原判示時計三十二個をその自宅より持ち出して大阪駅まで運搬したという被告人の自供が全く架空のものでないことが肯認されたものであることは、前掲各証拠によりこれを明認し得るのであつて、所論原判決が被告人の自供のみにより有罪を認定したとの非難は当を得ず、採用の限りでない。

また関税法第一一二条第一項の運搬罪は、関税を免かれる等の犯罪に係る貨物について、その情を知つて運搬することによつて成立するものであつて、所論の如く密輸入本犯の委託を受けてこれを運搬する場合に限らないのであるから、前記被告人の所為を運搬罪と認定した原判決は正当であつて、この点の論旨も理由ない。

更に本件被告人に対する公訴犯罪事実も被告人が密輸入時計を運搬したというものであつて、所論の如く本犯の委託を受けて運搬したというものではない。右起訴状特定の訴因について、原判決は証拠によりこれを有罪と認定したものであるから、訴因変更の手続を要しないことまた言うまでもない。この点の論旨も採用の限りでない。

(兼平 足立 関谷)

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